〜カジキの秘密〜

 

 コカトリスにやられた村人たちは、全員が村長の家の居間に集められた。看病がある以上、さすがに個々の家に帰すわけにはいかなかったからだ。それに、万が一あの怪物が戻って来たときも、一カ所にいてくれた方が守りやすかった。
 石化の毒に侵されると体が冷えるようであり、彼らは一様に寒さを訴えていた。
 そこでホロウは村中から毛布をかき集め、彼らの体を覆ったのだった。
 ちょうど今できることをやり終えたタイミングで、カジキが崩れた壁の穴を通って現れた。
 彼は中に入ってくるなり、床の上にトウモロコシの残骸を投げ捨てた。
「どうしたのそれ?」
「あの野郎が食ってたんだ」
 そういえば、あのときコカトリスが何かを咀嚼しているかのような音がしていた。
 てっきり人を食べているのかと思っていたが、村長の話だと、村人は全員ここにいるらしい。
「そうなの。肉食じゃないのね」
 意外だった。
 獲物を石化させて中身をすする……と聞いていたので、肉食生物だと半ば決めてかかっていたのだ。
 カジキは例の本を取り出してブンブンと振る。
「ここにも書かれてる。コカトリスは雑食で、なんでも食う。だから獲物を探して生活圏を広げる必要もないし、必然的に生息地域がせまくなる。これが発見されにくい原因なんだろうぜ」
「……じゃあなんで、ここに現れたのよ」
 なんでも食べるなら、わざわざ森の奥から出てくる必要なんてないだろうに。
「そいつはきっと、朝になればはっきりするさ」
「あんたね……」
 カジキはいつでももったいぶる変な癖があった。
 いや、もう全体的に変なんだけども、特に変な部分だ。
 カジキはズカズカと中に上がり込んで来て、めくれ上がっている床材をベキベキと剥がしてしまった。
「ちょ、ちょっと」
 いくらボロボロにされてしまっているからといって、何もこれ以上壊すことはないだろうに。そのように言うと、彼はしかし恐れ知らずな笑みを口の端にうかべながら「そうじゃない」と返した。
「奴を倒せる武器を作るのさ」
「武器って……今、この場で?」
「え、なんて? 居間と今をかけたの?」
「ちがう!」
 くだらないダジャレを言ったと勘違いされたのが恥ずかしくて、ホロウは声を怒らせた。
 カジキは持っていた短剣を取り出し、それをもって引きはがした木の板の先端を鋭利に削って行く。そうして出来上がったのは槍のようで杭にも見えるものだった。
「ほら、こうやって武器にするんだよ。怪物ったって生身の生き物なんだ。柔らかい場所なら突き立つはず」
「こんなの足しになるの……?」
 槍で岩を砕こうとしているようにしか見えないのだが。
「文句言ってないで手伝えよ。ほらっ」
 ホロウは二本目の短剣を受け取ると、仕方なく床材を削り始めるのだった。
「でも、なんで何本も作るのよ」
「お前らの護身用と……後は交換用だな。ただの木だし、あの体重だと簡単に折られちまうからさ。つってもリーチは長いし、短剣よりは役に立つはずだぜ」
「あんたチビだもんね」
「…………同じくらいだろ」
「その変な髪型でサバ読んでるだけでしょ」
「あのな、東洋人には直毛が多いの。髪質も硬めだから跳ねるのは仕方ないだろ」
「よく言うわよ。ツバだけの帽子で押し上げてるくせに」
 しかもこの帽子のツバは無意味に長く、カジキの顔右半分を24時間覆い隠していた。
「かっこつけてるつもりなら言っておくけど、超ダサいから」
「はいはい、いいから手を動かせよ手を」
 二人して十本ほど木の槍を作り終えたところで一休みする。合間合間に村人の看病を挟んでいたため、時刻はすでに三時近かった。
「まだ終わってないぜ?」
「はあ? まだ何か作るの?」
「弓矢だよ。離れた場所から攻撃できないようじゃ意味ないからな」
 そう言うと、今度は庭先の木の枝を一本へし折って来る。
「こいつを削って弓を作る」
「あそ、がんばって」
「お前は矢を作るんだよ」
 どうやら仮眠を取る時間さえ与えられないようだった。
 観念して、弓矢の矢作りを開始する。
 材料となるものは木材なら何でも良い。できれば最初の段階からそれっぽい細さのものなら、削る手間が省ける。
 まず、相手に刺さる先端の部分を削りだす。本当は頑丈な石を研磨して矢尻を作るのが理想なのだが、そんな悠長なことをやっている時間はとてもではないがなかった。
 そこで先端を尖らした後、適当な小石を拾ってきてそのすぐ後ろに麻ひもで括り付ける。グルグルグルっと巻いて適当な長さで切断すれば、矢が直進するための重しになるのだ。最後に弓の弦にフィットするようにお尻の部分に切れ目をつけてやれば完成である。
「へえ、それどこで覚えたんだ?」
 弓を削りだしていたカジキが、かなり手際の良いホロウの様子を見て感心の声をもらした。
「どこって……多分お父さんじゃない? よく覚えてないわよ」
 漁師は何も釣りだけできればいいわけじゃない。
 あらゆる道具を自作できなければ務まらないのだ。
 実際のところ、ホロウは父親から弓矢の作り方を教わっていたわけではなかった。しかし、彼が網や銛といった道具を自作する姿を幼いころから見て覚えており、道具作りの感覚を知らないうちに習得していたのだった。
 しんと静まり返った空間に、木を削る音だけが何十分も続いた。
 あれからの会話はなく、互いに自分の作業を黙々とこなしている。
「……」
 ホロウにはずっと気になっていることがあった。
 というよりカジキに関しては謎だらけなので何を聞けば良いのかわからなくもなったが、一番知りたかったのはカジキがリヴァイアサン――ドラゴンの心臓にやたらと固執していたことである。
 取り出した心臓をそのまま、その場で食べ始めるなんて……どう考えてもおかしい。
 そりゃ、焼かないとお腹壊すぞとか、そういった次元の話ではなく……。
「……」
 未だに夢に見てうなされる。
 巨大な心臓と血の海に顔をうずめて一心不乱に肉を食い散らかすカジキの姿。
 確かに、こいつは変な奴だ。
 反社会的だし、冷酷なことも言う。
 でも、悪人ではないと思うのだ。
 あんなことを、好き好んでやったとは考えられなかった。
「……ねえ」
 ようやく意を決したホロウは、そのことについてカジキに訊いてみた。
「どうして、リヴァイアサンの心臓を食べたの?」
 カジキの手は止まらず、一定の速度で弓の形を整えている。
 その様子から動揺は感じられない。
「……そりゃ、食うだろ。仕留めた相手は食うさ」
 適当に考えた言い訳っぽかった。
「……」
 ホロウがしばらく睨みつけていると、カジキは一つ嘆息する。
「知ってどうすんだよ。お前には関係のないことさ」
 彼は話したくないというよりは、話しても意味がないということで渋っているようだった。
「あたし、あんたの助手でしょ? 何も知らない人間に命は預けられないわ」
 いくぶん語気を強めてそのように言う。
「俺にも言えることだよな。それさ」
「じゃあ、あたしから話すわ」
 乗って来たと思い、すかさず言葉を繋いでいく。
「いや、別に聞きたくな――」
「あたしの名前はホロウ・ライト。3月25日生まれ。父はグロウ・ライト、母はマグネ・ライト、兄弟はなし。親の仕事は漁師、あたしは漁師見習い。好きな食べ物は牡蠣(かき)のバター炒め、嫌いなものはコウモリ。趣味は金属の錆び落とし。はい、そっちの番」
 畳み掛けるように捲し立てる。
 すると、カジキは両肩をガックリと落としてようやく手を止めた。
「わかった。わかったよ……」
 頭をガリガリと掻きむしる。
「俺がドラゴンの心臓を食ったのは、食わないと死んじまうからさ」
「……どういうこと?」
「…………そういう病気とでも思ってくれよ。説明すると長いんだ。とにかく、俺は半年に一回……時にはもっと短いスパンでドラゴンを殺して、その心臓を食わないとアウトなんだ」
 彼の説明は意味がわからなかったが、嘘をついているようでもない。
「じゃあ、旅をしているのも……?」
「そうさ、ドラゴンなんてそうそういるもんじゃない。可能性のある場所を探り歩いているんだ」
 自分が生きるために戦っている……あのとき、彼が見せた必死さもそれを考えれば合点がいった。
「その長い説明っていうのは聞かせてくれないの?」
「……まあ、またそのうちな」
 そこで話を区切ると、カジキは出来上がった弓を持って外に出て行った。
「どこ行くの?」
 追いかけるように問う。
「弦を探しに行くんだよ。お前はもう寝とけ」
 そのように言い残すと、カジキはランプを片手に暗闇の中へと溶け込んで行くのだった。
「……」
 少しだけ、カジキのことがわかった。
 彼がドラゴンの心臓を食べないと死んでしまうということ。
 だからドラゴンを殺すために旅をしているということ。
 それはホロウが想像していた以上に重い理由だった。
(でも……)
 ちょっと安心した。
 彼は快楽からリヴァイアサンを殺したわけではなかったのだ。
 過激で、不躾で、自信過剰な奴だけど、けして殺しを楽しんでいるわけではない。
 それがわかっただけでも、今日のところは良しとしておこう。
(……それにしても、半年に一回はドラゴンを倒してるってこと? そんな馬鹿なことあるわけないじゃない)
 何だか気の抜けてしまったホロウは、余っていた毛布にくるまって少しだけ仮眠を取ることにした。