〜ルアーブレード〜

 

 洞窟の先の道は二手に分かれていたが、ホロウは左の道を選んだ。というのも、灯台の方に出てしまうと先に行ったカジキたちに見つかってしまう可能性があったからだ。
 ホロウは行く先の松明を別の松明で燃やしながら進んで行く。
 幸いだったのはリヴァイアサンの子供が火を怖がらなかったことである。普段、水の中で暮らす彼らにとって、火は馴染みのないものなのだろう。
 暗闇の向こうに一際鋭い瞬きが光の壁となって現れた。
 それは夕焼け空だ。
 ホロウはやっと薄暗い洞窟を抜けられたと思い、心の底からホッと安堵した。
 またそれはリヴァイアサンも同じだったようで、彼の動きが心なしか速くなる。早く外に出たくて仕方がないのだろう。
「きっと……きっと会えるから」
 あたしはもう会えないけど、あなただけは絶対に助けてみせる。
 ホロウは前へ前へと両腕と尻尾を使って這うリヴァイアサンの子供を見守った。
 光の中へと、二人――一人と一匹は飛び出す。
 途端、激しい潮風がホロウの長い髪を真横に梳いていった。
 険しい岩に囲まれた周囲と、背後にはすり鉢状に切り立った崖……間違いない。ここは町の西にある灯台の真下だった。
「放てぇえいッ!!」
 波風の音の交じり、人の叫び声が聞こえてきた。
 声に導かれて岩壁に沿うように歩く。
 そして見た。
 岩壁の向こう――ちょうど町を一望できるこの場所から、今まさに腕を振り下ろさんとしている巨大な怪物の姿を。
 リヴァイアサンだ。
 その体躯はあまりにも長大で、上半身だけで軽く15メートルを超えている。そして蛇のように伸びた尻尾は、海面の所々から顔をのぞかせており、その先端までの距離はどんなに少なく見積もっても40メートルはありそうだった。
 まさしく怪獣。
 こんなものに襲われたら、どんな船でも太刀打ちできないだろう。
 そんなリヴァイアサンの青い体に向かって、無数の矢が放たれていた。
 どうにも、この真上に多くの弓矢使いが陣取っているようだった。恐らくは町の自警団か何かだろう。
 巨体に向かって放たれる幾本という矢は、しかしその無情とも言える質量差の前に何かの意味をなすということはなかった。
 リヴァイアサンは飛来する矢を、さながらうっとうしい小蠅を追い払うかのごとく弾き返している。
 と、巨体が大きく動いた余波で大きく波が上がった。
「危ない!」
 と叫ぶ間さえなく、ホロウの体は押し寄せた波に飲まれて岩肌の上を転がってしまう。膝や肘などに鋭い痛みが走ったが、彼女はおかまいなしに立ち上がると、すぐに子供のリヴァイアサンを気遣った。
 しかし、さすがはリヴァイアサンといったところか、子竜は今の高波にも動じることなく、何ら変わらぬ様子で親の姿を見上げている。
「キュイイイイイッ!!」
 子竜が親竜にむかって甲高い鳴き声を発した。
 それが再会できた喜びから来るものなのか、はたまた人に襲われる親を心配してのものなのかはホロウにはわからない。
 ただ、小さなリヴァイアサンは親の下へと向かっていた。
 痛む腕を引きずるようにして、尻尾だけの力で懸命に進んでいく。
 自分はここにいる。
 早く家に帰りたい。
 子竜の悲しげな後ろ姿はそのように語っているかのようだった。
「見ろ! 子供の竜だ!」
 姿の見えない誰かが叫んだ。
「あいつも殺せ! 逃がすとまずいぞ!」
 一本、二本、三本と矢が子竜へと降り注ぐ。
 幸いにしてそれらの矢は強風に煽られ、てんで異なる場所を射ていた。
 が、それらは小さな子供の竜にとっては十分に驚異的な威力を持っている。
 ましてや今は手負いの状態だ。
「待って! この子は関係ないの!!」
 咄嗟に体が動いていた。ホロウは自らの体を盾にしたのだ。
 放たれた矢の一本がホロウに迫る。
 鋭く磨き上げられた矢尻は肉を切り裂き、骨を粉砕するに十二分の威力を秘めていた。
 それが、わずか14歳の少女の眼前にあった。
「…………え」
 と、思わず呆けた声が漏れてしまう。
 矢が空中で静止している。
 いや、違う。
 ホロウへと飛んで来た矢は、彼女の目の前で黒い手袋をつけた手によって握りつぶされていた。
 カジキだ。
 彼はいつの間にかホロウの真横に立っており、その手で矢をつかんでいたのだ。
「あっ、あんた……!」
 カアッと頭が沸き上がる……が、またも命を助けられたことに対して萎縮してしまう。
「…………ありがとう」
 ところが、
「別に? ここを通ろうとしたら矢が邪魔だったんでさ」
「……はあ?」
 見ると、ゴロゴロと転がる巨大な岩の隙間にあの巨大な剣――ルアーブレードが落ちていた。
「お前が来る前に上から落としたんだよ。これを回収したかっただけ」
 素っ気ない態度でそのように語ると、カジキはヒョイヒョイと岩を跳び越えてルアーブレードを担ぎ上げたのだった。
「なにやってんだホロウ! 危ないじゃないか!?」
 崖の上から喫驚した声が降り注いできた。
 弓を持っているのは父の漁師仲間たちだった。
「……なあ、いま、矢を手で止めなかったか?」
「ま、まさか、気のせいだろ……」
「疲れてんだよ……」
 他にもなめし革の軽鎧をまとった自警団がおり、彼らは皆一様に口をポカンと開けてしまっている。
「おじさん、この子は何も悪いことをしていないの! みんなモノポーンのせいだったのよ!!」
「…………だからといってこの怪物を野放しには――」
「おいヤバいぞ逃げろッ!!」
 隣にいた仲間が彼を引っ張る。
 まさにその直後、今しがたまで彼らの立っていた場所が木っ端みじんに吹き飛んだ。
 リヴァイアサンだ。
 子供を攻撃されたことに怒り狂い、巨大な爪を大きく薙いだのだ。
 上腕だけで馬車三台分はありそうな鉄槌で無惨にも押しつぶされた崖上は、粉々に粉砕されて土煙を巻き上げている。
「おじさん!?」
 ホロウは思わず悲鳴をあげたが、砂塵の向こうに人影が慌てふためいて逃げて行く姿が見えた。ところが安心は長く続かない。リヴァイアサンは馬に乗って逃げていく彼らを追い始めていた。
「やめて!!」
 追いすがるようにしてホロウが叫ぶ。
「もういいでしょ!? この子を連れて早く帰って!!」
 これ以上、あたしの大切な人たちを傷つけないで。
 当然、その懇願がリヴァイアサンの猛進を止めることはなかった。
 このままでは彼らだけではない。リヴァイアサンの進行方向にはディーミアの町並みが見えていた。
「無駄さ」
 冷めた視線で事態を傍観していたカジキが、冷淡な口調で告げた。
「子に対する愛情が深いほど、親ってのは無茶をするんだよ」
「ッ……!」
 それは……そうかもしれない。
 ホロウは父親のことを愛していた。物心ついた時にはすでに母がいなかったということもあるのかもしれないが、父は彼女に取っての誇りであり、生きる目標だった。
 そして、きっと父も自分のことを愛してくれていただろう。たまに厳しいことも言われたし、喧嘩をしたこともあった。それでもその日の終わりには仲直りし、楽しい夕食を過ごした。
 父はあたしのことを愛していた。
 だからあの日、身を挺してあたしを守ってくれたんだ。
 悪いのは全部あたしなのに。
「――あたしが死ねばよかったのに!!」
 父は立派だった。
 クズだったのはあたしの方だ。
 でもその事実から逃れるように、ホロウは責任の所在を求めていた。
 リヴァイアサンを敵と憎み、モノポーンを悪として、自分という矮小でくだらない存在から目を背けようとしていた。
 でも違う。
 悪いのは全部自分だ。
「あたしが死ねばこんなことにならなかったんだ!!」
 ボロボロと雫が溢れ出しては頬を伝う。
 止めようとしたが止まらなかった。
 ただ、熱くこみ上げる思いだけが暴走していた。
「……お前が死んだって結果は変わらないよ」
 ガンガンと繰り返される耳鳴りの向こうで、カジキがひどくつまらなそうに言った。
「あいつは必ずここを突き止めたし、子供を取り返した。そして迎撃してきた奴らを襲い、そのまま町を破壊する。なんにも変わりはしないさ。人間一人の命の価値じゃ、なんにも動かすことは出来ない」
 あまりにも諦観した物言いだった。
 顔に似つかわしくない、大人ぶった生意気な口の利き方。
 それが無性にムカついた。
「……あんたはっ! あんたはいったい何なのよ!? 何がしたいの!? どっちの味方なのよ!!?」
 腹の底から、すべての感情をぶちまけるようにして絶叫する。
 それでも、カジキが表情を沈めることはない。
 むしろ……、
「俺は俺の味方さ。誰の味方もしない。それから……俺の目的は生きることだ」
「……何よそれ」
「お前は、死にたいならさっさと死ねよ。生きようとしない人間なんて、どうせ死んでるのと大差ないんだからさ。親父さんもマジで災難だぜ。同情するよ」
 そう言って、皮肉げな笑みを浮かべたのだった。
 何も言い返すことができなかった。
 この少年が何を考えているのかまるで理解できない。
 いや、そもそも彼は本当に人間なのか?
 あるいは悪魔の類いだと言われても納得してしまいそうだった。
 刹那、遥か遠方で火薬の炸裂する音が轟いた。
 それに続いて、親のリヴァイアサンが大音声をあげる。その悲鳴は大気を震わせ、足下の小石を揺さぶっていた。
 それは大砲の放たれた音だった。
「はーっはっはっはあッ! どうだ! 海賊どもから裏取引で仕入れた対艦砲の味は!!」
「た、大将! まずいですって! こんな所誰かに見られでもしたら……」
「ぐっふっふっふ! リヴァイアサンを倒した英雄として我が輩の名は永久に語り継がれることだろう!」
「でもあのガキンチョたちもいますよ? 当たったら言い逃れできねーッスよ」
「とうとい犠牲になったということにすればよかろう! リヴァイアサンに全ての罪をおっかぶせて、なおかつ証拠も粉砕ッ! よせよせやめい、天才に生まれた我が輩をそう褒めるでないぞ」
「なんも言ってないッスけどね……」
 どうやら砲弾を撃ち込んだのはモノポーンたちらしい。
 距離がありすぎて何を言っているのかはわからなかったが、護衛の大男と何やらもめているようだ。
「あの太っちょはクソ野郎だけど、俺は嫌いじゃないよ。最後の最後まで逆転を狙い続ける……生きる力ってやつに溢れてる。お前とは雲泥の差だな」
 カジキはそのように冷笑しながら大きな岩から飛び下りた。
 大砲の弾はリヴァイアサンに明確なダメージを与えてはいなかった。が、それでも進行を阻止することには成功しているようだ。彼は今のうちにリヴァイアサンに追いつこうというのだろう。
「おい、俺はあいつを殺すぜ? そのために来たんだからな」
「……子供がいるのよ。親が殺されるのを見せるっていうの……!?」
 ホロウは腕で涙を拭いながら、ガラガラになった声で抗議した。
「ドラゴンは外敵を許さない。特に、子供を傷つけられた親は敵をその巣ごと蹂躙する。だから未だに最強の生物って恐れられているのさ。放っておけば町の人間は皆殺しだ」
「追い返せば良いじゃない! 大砲だって……!!」
「追い払ったって必ず報復に来る。言っただろう。リヴァイアサンはドラゴンだ。ドラゴンってのはそういう生き物なんだよ」
「そんな……」
 ホロウは愕然として両肩を落とし、その場に膝を突いた。
 どうしようもないというのか……。
「……ホロウ、チビを頼むよ」
「……」
「親が殺される姿を見せるな。見れば、あいつは大人になった後、必ず復讐しに戻ってくる。わかるだろ? お前なら」
「…………わかった」
 静かに、しかし力強くホロウは頷いた。
「頼むぜ?」
 カジキは当てにしているようでまったくしていないような微妙な笑みを作った。
 と、同時に、彼は強く地面を蹴って走り出した。
 目にも留まらない速度……まるで風のような走りだった。ホロウも町の子供たちの間ではかなり足の速い方だったが、カジキの走力は町一番の俊速を持つ大人よりも数倍速い。ひょっとしたら馬よりも速いのではないだろうか。
 あっという間に遠ざかってしまうカジキの姿を眺めた後、ホロウは子竜に追いついてその体を抱きかかえた。
「駄目! そっちに行かないで!」
 まだ子供で小さいとは言え、その体は人間よりは巨大だ。必然的にパワーもホロウの比ではない。
「行っちゃ駄目ッ!!」
 ホロウを引きずりながらでも親を追おうとする子竜。
 このままでは駄目だ。
 自分にできる最後の――唯一の仕事さえも果たせない。
「お願い! あたしの言うことを聞いてぇええッ!!」
 回り込み、リヴァイサンの体を正面から受け止める。
 子竜には鋭い牙も、大きな爪もあった。その前に立ちふさがるというのは並大抵の恐怖ではなかったが、このときばかりは使命感が勝っていた。
「キュウウウウウッ……」
 子竜が儚げにのどを震わせる。
 その途端、ホロウは子竜の動きが遅くなったのを感じた。
 一瞬、我を疑った。
 あれほどまでに狂おしく親の姿を追い続けていた子竜が、今はホロウのことを真正面から見据えて悲しげに瞳を潤ませている。
 そして悟る。
 この子にも感情があるんだ。
 人のように多くを考え、悩んだり、喜んだりしているわけではないのかもしれない。それでも、間違いなくこの子には自我があり、意志があり、感情がある。いや、この子だけじゃない。この子の親だってそうだった。子供を傷つけられた怒りに打ち震えていた。
「ごめんね……ごめんッ!」
 ホロウはポケットに忍ばせていた小瓶を取り出した。それはモノポーンの手下に使ってやろうと隠し持っていた物だ。中には緑色の液体――薬草から抽出した眠り薬が入っている。即効性の強力な睡眠効果を持つ薬だった。
 それを、子竜ののどの奥めがけて流し込む。
 成竜なら効くはずもないだろう分量の睡眠薬……しかし、まだ小さな体の子竜はその効き目に抗うことができずに一瞬でまぶたが閉じてしまう。そして、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。
 耳をすませば静かな寝息が聞こえてくる。
 それがたまらなく心苦しかった。
(カジキ……)
 彼はどうなったのだろうか。
 リヴァイアサンを殺すと言っていたが、あれは大砲でもびくともしない体を持っていた。そんな相手をどうやって倒すというのだろう。
 本当にあのルアーブレードとかいうもので戦えるのか?
 ただ大きいだけの剣じゃないのか。
 そんなものが大砲よりも強力だというのだろうか。
 わからない。
 あの少年にはわからないことが多すぎる。
 ホロウはスヤスヤと眠る子竜を一瞥した後、静かに背を向けて走り出した。親竜のことが気になって仕方がなかった。
「おっ、早かったじゃん」
 リヴァイアサンの巨大な背中を追って海岸沿いを走っていると、しかし未だにカジキは相手に対して何も行動を起こしていなかった。今はただ、モノポーンの砲弾がリヴァイアサンの動きを足止めしているだけだ。
「何やってるの?」
 ホロウは珍しく眉間にしわをよせて考え込んでしまっているカジキを意外に思いながら訊ねた。
「……いや、ここは俺のポジションじゃない」
「はあ?」
 唐突に、彼は意味のわからないことをつぶやくと、ツイッと視線を上げて崖の上をにらんだ。
 そこにはモノポーンの屋敷がある。
「……そこだな」
 言うや否や、カジキは再び地面を蹴り――今度はほぼ垂直の崖を一直線に駆け上がって行った。崖の上までの距離は15メートル以上あったが、彼は地面を走っているときと何ら変わることのない動きで崖を登りきってしまう。
「嘘でしょ……」
 だが、それだけではまだ終わらない。カジキはその勢いを殺すことなくモノポーンの屋敷の壁までも駆け上がり、屋根の上に立つと、ルアーブレードを鞘から解き放った。
 それは紫色になりつつある太陽の最後の光を、暗闇に浮かぶ月のごとく反射していた。
 あまりにも長大な片刃の刀身と、その背に沿って柄から伸びた棒状の部品。柄自体も非常に独特であり、それは幾つもの部品が組合わさった複雑怪奇な機械となっている。持ち手には引き金がついており、また疑似餌用の釣り竿のように、糸を巻き取るためのハンドルのようなものも見えた。
 そう、それは例えるなら、巨大な釣り竿だ。
 釣り竿の剣――それがルアーブレードの正体だった。
「ここが俺のポジションだ」
 カジキは不敵な笑みをこぼすと、ルアーブレードを大きく真上に振りかぶり――後ろに下がった反動を利用して一気に振り下ろした。
 次の瞬間、剣から刃だけが飛び出した。
 さながら獲物に襲いかかる鷹のごとく、ルアーブレードの巨大な刀身はリヴァイアサンの心臓目がけて一直線に飛来する。
 どうやらブレードは柄の装置と一本の太い糸で結ばれているらしい。
 リヴァイアサンは向かってくる刃をたたき落とそうと腕を振り上げた。
 だが、
「そらよっ!」
 カジキがロッドを手首の力で返すと、宙を駆けていたブレードの軌道が変化し、それはリヴァイアサンの肩に突き刺さった。
 グオオオオオオッ、とリヴァイアサンはもがき苦しみ、暴れる。
 その衝撃で地面が割れ、崖が崩れだす。
 カジキの足場にされているモノポーンの屋敷も崩れ始めていた。
 高波が上がり、町の港を襲っているのが遠目にわかる。
「どうどうどう! こっちだこっち!!」
 カジキがハンドルを高速回転させながらロッドを引く。すると、あの巨体がグラリとよろめき、バランスを崩した。
 その光景にホロウは目を白黒させてしまう。
 だってそうだろう。
 あんな小さな少年が、40メートル以上ある怪物を二本の腕だけで制していたのだから。
 それはホロウにとってだけではなく、その光景を目の当たりにした誰もにとっても異様なものだった。
 巨体の制御を取ったカジキはルアーブレードのブレーキを思いっきり引く。すると、それまでリヴァイアサンの肩に刺さっていたブレードが抜け、再び宙に舞った。ただし、今度は投げられた時のようなスピードはなく、ただ宙に漂うのみだ。
 それを見たカジキは再度手首のスナップを活かしてロッドを操作し、糸をたわませ、ブレードに動きを与える。自然落下に身を任せるブレードの勢いを反転させ、再び上空へと舞い戻らせ――親指で柄のスイッチを押し込んだ。
 爆音が耳を劈き、夕暮れの暗闇に束の間の真昼を生み出した。
 ブレードに仕込まれた爆薬が起動したかのようだった。
 その直後、何が起こったのかはホロウを始めとし、誰もが知ることはなかった。
 ただ、気づいた時にはリヴァイアサンの胸元に大きな穴が穿たれ、おびただしい量の血が海へと流れ出していた。
 リヴァイアサンは絶命していた。
 断末魔の鳴き声さえ上げることは許されずに。
 その巨体は数秒の間、時間を忘れたかのように立ち尽くしていた。
 だが、やがて自分が死んだことを思い出したかのように、静かに崩れ落ちて行ったのだった。
「あ……あああ……ッ!!」
 ホロウもまた時間を取り戻していた。
 全身が粟立つ。
 のどの奥の方がジンジンと痺れていた。
 焦げ臭さと、酷く酸っぱい臭いが鼻を突く中、カジキがリヴァイアサンの体の中に潜り込んでいたブレードをキュラキュラと巻き取っていた。
 ……何か、巨大な影がブレードと一緒に引き抜かれている。
「ひっ」
 その正体を知ると、ホロウは肩を跳ねさせた。
 カジキがリヴァイアサンの胸から引きずり出したもの……それは 心臓だった。
 見間違いだろうか。それは本体が死してなお、脈を打っているようだ。
 ドクン、ドクンと、弱々しげに鼓動を刻んでいる。
 ブレードには釣り針のような返しがついていた。それがリヴァイアサンの体内に潜り込んだことで、心臓に引っかかったのだろう。
「…………」
 誰もが口を閉ざす中、カジキは一人、崩れて多少なだらかになった崖を滑り降りて来た。
 そして蠢く心臓に近づき、ブレードを引き抜く。
 ブシュッと音がし、血しぶきが彼の顔を汚した。
「ね、ねえ……」
 黙ったままのカジキを前にし、ホロウが声をかけようとした――その瞬間、
  ブチィイイイ――――!!
 カジキは血の滴る心臓にかぶりつき、肉を歯で引きちぎった。
 誰かが詰まった悲鳴をあげていた。ひょっとしたら、それはホロウ自身だったのかもわからない。
 ムシャリ、ムシャリと咀嚼し、肉を食い、スープ代わりに血をすする。
 顔を、手を、真っ赤に染め、カジキの食事は続く。
 どこかで誰かが嘔吐していた。
 恐怖のあまり逃げ出すものさえ。
「あ……」
 胃液の酸っぱさが口中に広がり、鼻をついていた。
 吐いていたのは自分だった。
「う、げえっ……!」
 戻す。食べた魚の小骨がまだ消化されきれずに出て来ていた。
 そんな中でも、カジキは竜の心臓を貪り食う。
 一心不乱に、まるで何かと戦っているかのように。
 その後、悪夢のような食事会は半時間ほど続いたのだった。