〜巣立ち〜
「やあやあ少年、この度は我が町を救ってくれて感謝感激雨あられ。ところでどうだ。金貨100枚で手を打たんか!?」
「さっさと連れてっちゃって」
「ちくしょう! この裏切り者おおおおっ!!!」
翌日、一連の騒ぎの顛末を知らされた自警団は、速やかにモノポーンを捕らえた。
何でも、貿易船に密航して国外に逃亡しようとしていたところをお縄になったらしい。
町の中の犯罪に関しては町の人間が裁くこともできたが、彼は腐っても領主という立場だったので、この後は大きな町の教会に連行され、そこで正式な裁判を受けることになるだろう。
荷馬車に積まれ、運ばれていくモノポーンの顔を見つめながら、ホロウは「絶対に懲りないだろうな」と呆れ果ててしまった。
カジキの様子は……相変わらずだ。
風が吹けばどこへでもフラフラと行ってしまいそうな言動で、どうにもつかめない。
「……」
良い人間だとは思わない。
でも、単なる悪人とも違う。
実際、カジキは何度もホロウの命を助けてくれた。本人は「偶然だ」と否定していたし、状況を見る限りその通りのような気もしたが……いやいや、あんな偶然がそう何度もあるわけがない。
それに、親が死ぬ姿を子供に見せたくないと言ったときの彼の表情は、いつものつかみ所のないものとは少し違っていた。
もっとも、これも本人曰く「貴重なドラゴンを無駄に殺したくないだけだ」とのことらしかったが。
そんな彼は今、港の桟橋に座り込んでルアーブレードの修理をしていた。なんでも、先ほど使った時に機械の部分が壊れてしまったらしい。
「……あの子、今どの辺りにいるのかしら」
ホロウは遠く海岸線を望みながらポツリとこぼした。
別にカジキに話しかけたわけではなかったが、結果的にそのようになってしまい「しまった」と思う。
「まだそんな離れてないさ。チビの速度じゃ。ひょっとしたら明日の船が追い抜くかも」
貿易船は未だ港に停泊したままだ。
出向は明日の朝である。
そう、明日になればこの奇妙な少年ともお別れだ。
二度と顔を見たいとは思わなかった。
そう思って清々していたのに……、
「なあ、俺の助手になる気ない?」
「…………はい?」
彼はとんでもないことを言い出したのだ。
「実は前々から探してたんだよね。狩りの助手。お前けっこう勘が鋭いみたいだから、上手くすれば一儲けできるぜ?」
「冗談でしょ? 誰があんたなんかと」
馬鹿馬鹿しくて乾いた笑いしか出ない。
「ま、別に無理にとは言わないさ」
血のりの取れたルアーブレードを鞘にはめ込んでベルトで固定すると、カジキは立ち上がって港に背を向けた。
彼はいったいこれからどこへ行こうというのだろう。
どこから来てどこへ向かうのか。
「……また、生き物を殺しに行くの?」
すれ違い様にホロウが問う。
「まあね、それが仕事だし、食うためには仕方ないさ」
食う。
その言葉を耳にして思い出す。
それは昨夜の光景。
太陽の輝きが水平線の向こうへと消える直前に響き渡った肉の裂ける音。
鼓動を刻む竜の心臓を、貪り食う狂人の宴。
「よくも……あんなひどいこと」
未だに耳にこびりつく心臓を咀嚼し、血をすする音。
「言ったろ? 俺が生きるためには仕方がないことさ。それに……お前のやってることと何が違うんだ?」
カジキは左目だけを覗かせる。
その光彩が怪しく光を帯びたような気がした。
「お前だって生きている魚をさばいただろ」
その一言に、ホロウは全身が怖気立つのを感じ取った。
毛穴の一つ一つに泥水を流し込まれるような感覚……。
「どんなに奇麗に言いつくろったって、俺たちは殺すことでしか生きられない。だから俺は殺すんだ。生きるために」
後ろ手を振りながら、カジキは何事もなかったかのように去って行く。
巨大なルアーブレードの柄を左右に揺らしながら。
「……」
それは結局、どうして彼が竜だけを殺し、食べるのかの説明にはなっていなかった。意図的に話さないようにしているかのようにも見える。
それでも、彼の言おうとしていたことは十分に理解できた。
理由はわからないが、カジキは自分のために戦っていた。
ホロウもまた、父親の敵討ちという名目で自分のために戦った。
あのリヴァイアサンだって「子供を失うことが自身にとっての損失だから」という結局は自分のために戦ったのだ。
自分が生きるために、他の誰かを犠牲にしようと戦った。
今日という日はその結果にすぎなかった。
「…………行くわ!」
気がついたとき、ホロウはカジキの下まで走り寄っていた。
カジキは常に浮かべた不敵な笑みの中に若干の驚きを……いや、やはり驚きなどこれっぽっちも感じていないように笑っている。
「あんたの助手になってやろうじゃない」
こいつのことは大嫌いだったが、普通の人が普段目を背けて知ろうとしない多くを理解しているのは確かだった。だって、実際に自分だって知りたくもなかった自分自身の傲慢さを痛感させられたのだから。
まだまだあるのではないか?
まだ、自分で気づいていないだけで、知らなければならない自分自身の愚かさが。
この少年についていくことで、そういった自分の内面と向かい合うことができるのであれば、それは「父のように立派な人間になる」という目標に近づくことになるだろう。
だから、ホロウは決意した。
生まれ育ったこの町を巣立ち、世界に飛び立つことを。
第1章 終わり
「さっさと連れてっちゃって」
「ちくしょう! この裏切り者おおおおっ!!!」
翌日、一連の騒ぎの顛末を知らされた自警団は、速やかにモノポーンを捕らえた。
何でも、貿易船に密航して国外に逃亡しようとしていたところをお縄になったらしい。
町の中の犯罪に関しては町の人間が裁くこともできたが、彼は腐っても領主という立場だったので、この後は大きな町の教会に連行され、そこで正式な裁判を受けることになるだろう。
荷馬車に積まれ、運ばれていくモノポーンの顔を見つめながら、ホロウは「絶対に懲りないだろうな」と呆れ果ててしまった。
カジキの様子は……相変わらずだ。
風が吹けばどこへでもフラフラと行ってしまいそうな言動で、どうにもつかめない。
「……」
良い人間だとは思わない。
でも、単なる悪人とも違う。
実際、カジキは何度もホロウの命を助けてくれた。本人は「偶然だ」と否定していたし、状況を見る限りその通りのような気もしたが……いやいや、あんな偶然がそう何度もあるわけがない。
それに、親が死ぬ姿を子供に見せたくないと言ったときの彼の表情は、いつものつかみ所のないものとは少し違っていた。
もっとも、これも本人曰く「貴重なドラゴンを無駄に殺したくないだけだ」とのことらしかったが。
そんな彼は今、港の桟橋に座り込んでルアーブレードの修理をしていた。なんでも、先ほど使った時に機械の部分が壊れてしまったらしい。
「……あの子、今どの辺りにいるのかしら」
ホロウは遠く海岸線を望みながらポツリとこぼした。
別にカジキに話しかけたわけではなかったが、結果的にそのようになってしまい「しまった」と思う。
「まだそんな離れてないさ。チビの速度じゃ。ひょっとしたら明日の船が追い抜くかも」
貿易船は未だ港に停泊したままだ。
出向は明日の朝である。
そう、明日になればこの奇妙な少年ともお別れだ。
二度と顔を見たいとは思わなかった。
そう思って清々していたのに……、
「なあ、俺の助手になる気ない?」
「…………はい?」
彼はとんでもないことを言い出したのだ。
「実は前々から探してたんだよね。狩りの助手。お前けっこう勘が鋭いみたいだから、上手くすれば一儲けできるぜ?」
「冗談でしょ? 誰があんたなんかと」
馬鹿馬鹿しくて乾いた笑いしか出ない。
「ま、別に無理にとは言わないさ」
血のりの取れたルアーブレードを鞘にはめ込んでベルトで固定すると、カジキは立ち上がって港に背を向けた。
彼はいったいこれからどこへ行こうというのだろう。
どこから来てどこへ向かうのか。
「……また、生き物を殺しに行くの?」
すれ違い様にホロウが問う。
「まあね、それが仕事だし、食うためには仕方ないさ」
食う。
その言葉を耳にして思い出す。
それは昨夜の光景。
太陽の輝きが水平線の向こうへと消える直前に響き渡った肉の裂ける音。
鼓動を刻む竜の心臓を、貪り食う狂人の宴。
「よくも……あんなひどいこと」
未だに耳にこびりつく心臓を咀嚼し、血をすする音。
「言ったろ? 俺が生きるためには仕方がないことさ。それに……お前のやってることと何が違うんだ?」
カジキは左目だけを覗かせる。
その光彩が怪しく光を帯びたような気がした。
「お前だって生きている魚をさばいただろ」
その一言に、ホロウは全身が怖気立つのを感じ取った。
毛穴の一つ一つに泥水を流し込まれるような感覚……。
「どんなに奇麗に言いつくろったって、俺たちは殺すことでしか生きられない。だから俺は殺すんだ。生きるために」
後ろ手を振りながら、カジキは何事もなかったかのように去って行く。
巨大なルアーブレードの柄を左右に揺らしながら。
「……」
それは結局、どうして彼が竜だけを殺し、食べるのかの説明にはなっていなかった。意図的に話さないようにしているかのようにも見える。
それでも、彼の言おうとしていたことは十分に理解できた。
理由はわからないが、カジキは自分のために戦っていた。
ホロウもまた、父親の敵討ちという名目で自分のために戦った。
あのリヴァイアサンだって「子供を失うことが自身にとっての損失だから」という結局は自分のために戦ったのだ。
自分が生きるために、他の誰かを犠牲にしようと戦った。
今日という日はその結果にすぎなかった。
「…………行くわ!」
気がついたとき、ホロウはカジキの下まで走り寄っていた。
カジキは常に浮かべた不敵な笑みの中に若干の驚きを……いや、やはり驚きなどこれっぽっちも感じていないように笑っている。
「あんたの助手になってやろうじゃない」
こいつのことは大嫌いだったが、普通の人が普段目を背けて知ろうとしない多くを理解しているのは確かだった。だって、実際に自分だって知りたくもなかった自分自身の傲慢さを痛感させられたのだから。
まだまだあるのではないか?
まだ、自分で気づいていないだけで、知らなければならない自分自身の愚かさが。
この少年についていくことで、そういった自分の内面と向かい合うことができるのであれば、それは「父のように立派な人間になる」という目標に近づくことになるだろう。
だから、ホロウは決意した。
生まれ育ったこの町を巣立ち、世界に飛び立つことを。
第1章 終わり