〜コカトリス〜
もしも貴方の家が豊かな森と草原、そして穏やかな川に囲まれているなら注意すべきだ。それはコカトリスのもっとも好む環境である。
――冒険家ゲオルグ・チェレスコフ著『バンデラ探険記』――
都市部からも遠く、周囲にこれといった町もない田舎の村。
見渡す限りにトウモロコシ畑が広がり、夏になればみずみずしい緑色の葉と黄金のように輝くコーンで溢れかえる――そんな村があった。
とっぷりと日も暮れ、草原の虫たちが賑やかな演奏を奏で始めている。
村には家が七軒だけ建ち、その全てが地元の大工によるお手製だった。
村の代表――村長を任されているのは今年で齢50になる男性だ。村長としてはかなり若く、若干は衰えてきた体力の代わりに長年の経験が追加され、むしろ農業の腕は若いころよりも上がっていた。
そんな彼は、今宵もまた日課である農作物の日記を記していた。
暖かな赤灯に身を委ねながら、孫の淹れてくれた紅茶をすする。この辺りでは紅茶のような嗜好品は手に入らないので、これはたまに大きな町まで遊びに出かける息子夫婦が土産に買って来てくれるものだった。
村の収穫量は年々上がっていた。
ここは領主も穏やかで気の良い男だったので、納める税も比較的少なくすんでいた。毎日の仕事に身を壊すこともなかったのだ。
最近では、村の名前が市場で顔をのぞかせることも多いと言う。実際、この村に移住を希望している者までいるらしい。
ひょっとすればこの村を町にまですることができるかもしれないな、と男はひっそりと楽しみに思っていた。
唇にニンマリとした笑みを浮かべ、磁器のカップを口元に運ぶ。
「村長! 村長はいるか!?」
そんな時だった。
玄関の方から騒がしい声の主が彼のことを呼んだのだ。
「なんだ騒々しい」
彼が腰を上げて玄関口へと向かうと、そこにはすでに息子夫婦がいた。そして肩で大きく息をつく村の者も。
「大変だ! デアモトがやられた!!」
村の青年は呼吸を整えた後に、目をカッと見開いて叫んだ。
その直後、全身を痙攣させる別の青年が村長の家に運び込まれて来た。
目は真上にひっくり返っており、口の端からは白い泡がはみ出している。肌の色は死人のように土気色に変わっていた。
まだ小さい子供たちがあまりのことに泣き出してしまい、息子夫婦は子供を寝かしつけるために奥へと下がっていく。
「何があった!?」
彼は青年の肌に触れながら問う。土気色の肌は氷のように冷たかった。
「わかんねえ! でもバケモノだ! バケモンが出たんだ!!」
息を荒くする青年は完全に混乱していた。
「落ち着け! しっかりするんだ!」
「わかんねえ……わかんねえんだよ」
「野犬でも迷い出たのか?」
「違うッ! あ、あれはそんなんじゃ……、馬鹿でかい嘴(くちばし)のついた鳥みたいな何かだった。でも鳥じゃないんだ。お、おれたちは逃げたんだけど、あ、あいつメチャクチャ速くて……気づいたらデアモトがいなくなってて……そ、それで……!」
彼にこれ以上の説明を求めるのは無理そうだった。
「馬の用意を。町の医者に診てもらわんと」
とにかく、このままでは青年の命が危険だ。
彼は村に一つしかない車を倉庫から出すと、それを馬に括りつけた。怪我人を車に寝かせると、自らも車に乗り込み、町へと急がせた。